LAYER 1 — 1995〜1999
黎明期
電話回線でつなぎ、つないでいる間ずっと課金される時代。ページは軽さを最優先に作られ、 情報を探す手段は人の手で分類されたディレクトリだった。個人が自分のページを持つことが、 そのまま「インターネットをする」ことだった層。
この層で何が変わったか
この層を決定づけたのは、通信が「従量制」だったことである。電話回線を使い、つないでいる時間だけ 料金が発生するため、ページは軽くなければならず、閲覧者は目的のページへ最短で辿り着く必要があった。 画像を減らし、テキストを詰め、リンクを整理するという当時の作法は、美意識ではなく通信料金の帰結だった。 情報の探し方も同じ制約の下にある。全文検索の精度がまだ低く、無駄な回遊が直接コストになる環境では、 人の手で分類されたディレクトリのほうが合理的だった。そして、企業がまだWebを本格的に使っていない 時期だったため、コンテンツの多くは個人が無料スペースに置いたページで占められていた。 「ホームページを持つ」ことがインターネットを使うこととほぼ同義だった、最初で最後の層である。 もうひとつ、この層には後の層に無い特徴がある。 前半には、利用者が何人いるかを数えた統計が存在しない。 平成9年版の通信白書がインターネットの普及状況として並べているのは、 接続されたホストコンピュータの台数(1997年1月現在、日本は約73万台で全体の4.5%)、 接続サービスを行う事業者の数、そして区域内通話でつなげる市町村の数である。 人ではなく、設備の数で語られていた。 何人が使っているかを推計する枠組みが用意されるのは、この層の終盤になってからで、 数え方が無かったという事実そのものが、この時期の位置を示している。 次の層との境目は2000年に置いた。 ここで変わるのは通信の速度ではなく料金の形(従量から定額)であり、 速さより先に「時間を気にしなくてよくなったこと」が使い方を変えている。