消えたインターネット

サービスが終わるとき、消えるのはサーバの上のデータだけではありません。 そこにあった使い方、習慣、人の集まり方も一緒に消えます。 ここでは終了日を記録するのではなく、なぜ消えたのかを残します。

20年以上続いた

10年以上20年未満

終了時期が確認できていないもの

段階的に機能が畳まれた、あるいは別サービスへ統合されたため、 「この日に終わった」と言える記録が見つかっていないものです。 断定せずにここへ置いています。ご存じの方は情報提供をお願いします。

消えた習慣

サービスだけでなく、当時あたりまえだった振る舞いも消えています。

1997 — 2012着メロ携帯電話の着信音を、自分で選んだ曲に変える文化。 はじめは専門誌を見ながら自分で打ち込むものだったが、公式メニューから買えるようになり、 日本のネットで個人が少額を払う習慣を最初に作った領域になった。1987 — 2008チャットルーム同じ時刻に集まった人どうしが、短い文を即時にやりとりする「部屋」。 パソコン通信の機能として始まり、個人サイトが自分の部屋を置く形へ広がった。 通信料が定額になる時間帯に人が集まるという、日本特有の集まり方をした場所でもある。1997 — 2008直リンク禁止他所のサイトの画像やファイルを自分のページから直接呼び出すことを禁じる注意書き。 個人サイトの「お約束」ページにほぼ必ず書かれていた。マナーの問題に見えて、 実際には転送量が有限で、しかも呼ばれた側だけが払うという料金の構造から生まれている。2000 — 2008Flash文化Flash で作られた短いアニメーションや音楽作品を、個人が公開して見せ合っていた文化。 常時接続が普及した2000年代前半に、ブラウザだけで動く映像表現として広がり、 Flash Player のサポート終了(2020年12月31日)で再生手段ごと失われた。1996 — 2008キリ番アクセスカウンタが10000などのきりのいい数字になったとき、その訪問者が申告して 記念のイラストや文章をもらう習慣。個人サイトの訪問者数が「数えられる規模」だった時代に、 数字そのものをイベントに変えた文化。1996 — 2006工事中ページ中身がまだ無いページに「工事中」と書いて公開しておく習慣。作業員やバリケードの アニメーションGIFが添えられることが多かった。未完成であることを隠さず、 むしろ表示していたという点に、当時のサイトの位置づけが表れている。1998 — 2010メールマガジン登録した購読者へ定期的にまとまった内容のメールを配信する仕組み。「メールマガジン」という呼称自体が 1990年代末に広まった和製英語で、英語圏では newsletter と呼ばれる。 個人が定期刊行物の発行人になれた、日本のネット史で最初の形式だった。2005 — 2018まとめサイトネット上の情報を集めて整理し、読みやすく並べ直して公開するサイト。 掲示板やSNSの書き込みを抜き出したものもここに含まれる。 2014年ごろに爆発的に増えたが、剽窃と質の低下が社会問題化し、2016年末を境に下火になった。1996 — 2007相互リンク個人サイト同士が互いにリンクを張り合う習慣。掲示板やメールで申請し、 了承を得てから張るという手続きを伴うことが多かった。検索エンジンが弱かった時代に、 サイトを見つける主要な経路そのものだった。1995 — 2004テレホタイムNTTのテレホーダイが適用される23時から翌朝8時までの時間帯。この9時間だけ通信料が定額になるため、 日本中のネット利用者が同じ時刻に一斉に接続した。掲示板もチャットも23時に人が現れるという、 料金制度が文化を作った例。1998 — 2005テキストサイト文章そのものを読ませることを主目的にした個人サイト。画像も動画も置けない、 あるいは置くと重すぎるという条件の下で、文体と改行と間の取り方だけで 読ませる技術が磨かれた。2000年前後の数年間に集中して現れた形式。2003 — 2012トラックバック別のブログへリンクを張ったときに、相手へ「あなたの記事を参照した」と通知する仕組み。 リンクされた側は参照している記事の一覧を自動で作れた。 ブログ同士が相互に反応し合う光景を作った機能で、いまはほとんど残っていない。