特集

サービスを1つずつ見ていても分からないことがあります。 同じ時期に別々に起きた出来事が、あとから振り返ると一つの構造だったと分かる。 ここはその横のつながりを書く場所です。

  1. 日本の掲示板は40年続いたが、秩序を保ってきた主体は5回入れ替わっている。 会社が承認した管理者、サイトの主、利用者自身の規範、まとめる人、そして通報とアルゴリズム。 誰が担うかが変わるたびに、書ける内容も書けなくなる内容も変わってきた。

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  2. 終了の告知を並べると、はっきり型に分かれる。消す/持ち出させる/制度ごと畳む/URLを生かしたまま渡す。 そして残すことが利用者への配慮になるか、消すことが配慮になるかは、 その場所に何が書かれていたかによって逆転する。

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  3. ハンドル、名無し、招待制の実名、アバター、公開のアカウント名、そしてアドレス帳の表示名。 日本のネットで人が自分を名指してきた形は40年で6回変わり、 そのたびに「自分が何と呼ばれるかを自分で決められる幅」が少しずつ狭くなってきた。

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  4. 2000年代の日本には、インターネットが事実上二つあった。パソコンから見るWebと、 携帯電話から見るWebである。URLも中身も作り方も違い、利用者層も重なっていなかった。 そして片方は、ほとんど記録を残さずに消えた。

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  5. 1996年から2005年ごろまで、インターネットで発信するとはまず「場所を作る」ことだった。 無料スペースを借り、HTMLを書き、FTPで上げる。この手間の重さが、 当時のネット文化のほとんどを説明する。

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  6. 1996年から数年のあいだに、日本語で検索できるサービスが次々と立ち上がった。 Yahoo! JAPAN、goo、インフォシーク、エキサイト。しかし2000年代半ばには、 独立した検索サービスとして残ったものは一つも無い。理由は精度ではなく、収益構造にあった。

    Yahoo! JAPANgooインフォシークエキサイトiモード相互リンク

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