工事中ページ

19962006最盛期 1998〜2000Under Construction準備中作成中

中身がまだ無いページに「工事中」と書いて公開しておく習慣。作業員やバリケードの アニメーションGIFが添えられることが多かった。未完成であることを隠さず、 むしろ表示していたという点に、当時のサイトの位置づけが表れている。

なぜ当時あたりまえだったのか

現在の感覚では、中身の無いページを公開する理由が分からない。 当時これが成立していたのは、サイトが「作品」ではなく「場所」だったからである。 個人サイトはまずトップページと全体のメニューを作るところから始まった。 メニューには、いずれ作る予定のコーナーも含めて全部書く。 訪問者はそのメニューを見て、このサイトが何をやろうとしているのかを理解する。 つまりメニューは目次であると同時に、宣言でもあった。 そこに並んだ項目のうち、まだ書けていないものに付ける印が「工事中」だった。 もうひとつ、更新が見えることに意味があった。当時は更新を通知する仕組みが無い。 RSSもタイムラインも無く、訪問者は自分でブックマークを開いて確認するしかなかった。 だから「前は工事中だったところが埋まっている」ことが、 そのサイトが生きている証拠になった。工事中の表示は、 未完成を詫びるためというより、これから育つことを示すためのものだった。 技術的な背景もある。当時は1ページ単位でFTPを使って上げていくため、 サイト全体を一度に完成させてから公開するという運用が現実的でなかった。 作れたところから順に置いていく以外に方法がなく、 その途中経過がそのまま訪問者に見えていた。

www.geocities.co.jp/.../1234/800px
タイトル画像(自作GIF)
いらっしゃいませ!
メニュー
更新履歴
自己紹介
リンク集(相互リンク)
工事中
000000あなたは○○人目の訪問者です
BBS(掲示板)
1999年の画面構造タイトル画像、更新履歴、自己紹介、リンク集、工事中表示、そして最下部のアクセスカウンタ。 この並びが個人サイトのほぼ標準構成だった。カウンタが訪問者にも見えていたことが、 キリ番という交流の儀礼を成立させている。工事中表示が普通だったのは、 サイトを一度に完成させてから公開するという前提があったためである。背景に画像をタイル状に敷き詰めるのが標準的だった※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

なぜ消えたのか

三つの条件が同時に消えた。 第一に、ブログが「日付順に積み上がる」形式を持ち込んだ。 この形式には未完成の場所という概念が無い。書いた記事があるだけで、 書いていない記事は存在しないだけである。工事中を掲げる場所がなくなった。 第二に、更新の通知手段ができた。RSS、そしてタイムライン。 訪問者が自分で見に来て変化を確認する必要がなくなったので、 「前と違う」ことを画面上で示す必要も消えた。 第三に、検索エンジンからの流入が主になった。 トップページからメニューを見て入ってくる人が減り、 個別のページに直接着地するようになると、サイト全体の構想を示す意味が薄れた。 誰も目次を見ないなら、目次に予定を書く理由もない。

今でいうと何か

「準備中」と表示されるアプリの機能や、Coming Soon のランディングページ。 ただし現在のそれは公開前の告知であって、公開済みのサイトの内部に置かれる工事中とは位置づけが違う

※ 完全に同じものではありません。機能や文化の系譜として近いものを挙げています。

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この文化があった時代へ

出典

  1. 報道ホームページ作成の「ジオシティーズ」が'19年3月末終了。21年の歴史に幕Impress Watch 2018-10-01
    工事中ページの主舞台だった個人ホームページサービスの経緯と、21年で終了するまでの位置づけ
    確認日: 2026-08-16
  2. 公的資料平成13年版 情報通信白書 「1 インターネットの急速な普及」総務省
    個人サイトが主要なコンテンツだった時期の利用者規模。1サイトあたりの訪問者が小さかった前提
    確認日: 2026-08-16

このページの記載は 2026-08-16 時点の調査に基づきます。誤りのご指摘・情報提供