INTERNET — 2004

2004年のインターネット

発信の場所が、サイトからアカウントへ動き始めた年

第2層 ブロードバンド化存在したサービス 20この年に開始 2

2004年末のインターネット利用者数は7,948万人、人口普及率62.3%。 2000年と比べると利用者は約3,200万人、普及率は約25ポイント増えている。 「使っている人がいる」段階から「使っていない人のほうが少ない」段階へ移った時期である。 この年に日本のインターネットで起きた最も大きな変化は、発信の単位が動き始めたことだった。 2月にmixiが始まり、同じ年にGREEも登場している。 それまで、インターネットで発信するにはまず場所を用意する必要があった。 無料スペースを借り、HTMLを書き、FTPで上げる。この手間が発信者の総数を抑えていた。 mixiが持ち込んだのは、その手間の消滅である。アカウントを作れば、その日から書ける。 もうひとつ特徴的だったのは招待制という設計だった。 すでに知っている人から招待されないと入れないという仕組みは、成長速度を犠牲にする代わりに、 匿名掲示板とは正反対の「顔の見える関係の中で書く」場を作った。 同じ年、2ちゃんねるは依然として日本最大の情報流通量を持ち、 そこから派生したまとめサイトが外側で育っていた。 匿名で書く場所と、知り合いに向けて書く場所が、同時に存在して同時に伸びていた。 この二つの流れが並走していたことが、2004年という年の性格を決めている。

この年のインターネット

2004年時点で日本から使えたサービスのカテゴリ。存在しなかった領域は表示していません。

掲示板コミュニティショッピング検索ポータルツールニュースケータイホスティング個人サイトSNSゲームブログ接続サービスチャットメールオークション

2004年の主役

この年に生まれたもの、消えたもの

この年に終わった

記録されているものはありません。

2004年のネット文化

1997 — 2012着メロ携帯電話の着信音を、自分で選んだ曲に変える文化。 はじめは専門誌を見ながら自分で打ち込むものだったが、公式メニューから買えるようになり、 日本のネットで個人が少額を払う習慣を最初に作った領域になった。1987 — 2008チャットルーム同じ時刻に集まった人どうしが、短い文を即時にやりとりする「部屋」。 パソコン通信の機能として始まり、個人サイトが自分の部屋を置く形へ広がった。 通信料が定額になる時間帯に人が集まるという、日本特有の集まり方をした場所でもある。1997 — 2008直リンク禁止他所のサイトの画像やファイルを自分のページから直接呼び出すことを禁じる注意書き。 個人サイトの「お約束」ページにほぼ必ず書かれていた。マナーの問題に見えて、 実際には転送量が有限で、しかも呼ばれた側だけが払うという料金の構造から生まれている。2000 — 2008Flash文化Flash で作られた短いアニメーションや音楽作品を、個人が公開して見せ合っていた文化。 常時接続が普及した2000年代前半に、ブラウザだけで動く映像表現として広がり、 Flash Player のサポート終了(2020年12月31日)で再生手段ごと失われた。1996 — 2008キリ番アクセスカウンタが10000などのきりのいい数字になったとき、その訪問者が申告して 記念のイラストや文章をもらう習慣。個人サイトの訪問者数が「数えられる規模」だった時代に、 数字そのものをイベントに変えた文化。1996 — 2006工事中ページ中身がまだ無いページに「工事中」と書いて公開しておく習慣。作業員やバリケードの アニメーションGIFが添えられることが多かった。未完成であることを隠さず、 むしろ表示していたという点に、当時のサイトの位置づけが表れている。1998 — 2010メールマガジン登録した購読者へ定期的にまとまった内容のメールを配信する仕組み。「メールマガジン」という呼称自体が 1990年代末に広まった和製英語で、英語圏では newsletter と呼ばれる。 個人が定期刊行物の発行人になれた、日本のネット史で最初の形式だった。1996 — 2007相互リンク個人サイト同士が互いにリンクを張り合う習慣。掲示板やメールで申請し、 了承を得てから張るという手続きを伴うことが多かった。検索エンジンが弱かった時代に、 サイトを見つける主要な経路そのものだった。1995 — 2004テレホタイムNTTのテレホーダイが適用される23時から翌朝8時までの時間帯。この9時間だけ通信料が定額になるため、 日本中のネット利用者が同じ時刻に一斉に接続した。掲示板もチャットも23時に人が現れるという、 料金制度が文化を作った例。1998 — 2005テキストサイト文章そのものを読ませることを主目的にした個人サイト。画像も動画も置けない、 あるいは置くと重すぎるという条件の下で、文体と改行と間の取り方だけで 読ませる技術が磨かれた。2000年前後の数年間に集中して現れた形式。2003 — 2012トラックバック別のブログへリンクを張ったときに、相手へ「あなたの記事を参照した」と通知する仕組み。 リンクされた側は参照している記事の一覧を自動で作れた。 ブログ同士が相互に反応し合う光景を作った機能で、いまはほとんど残っていない。

2004年の環境

スペック表ではありません。なぜ当時のWebがあの見た目・使い方だったのかを 理解するための前提です。

主流端末
デスクトップPC/ノートPC/携帯電話
ブラウザ
Internet Explorer 6(圧倒的多数)/Firefox(この年に1.0が公開され、少しずつ使われ始めた)
回線
ADSL(主流)/光ファイバー(普及が始まる)/ダイヤルアップ(減少)
画面解像度
1024×768 が標準
携帯電話
iモード/EZweb/ボーダフォンライブ!
保存容量
DVD-R/80〜160GB前後のHDD
主な検索手段
全文検索が主流に移行。ディレクトリ検索の比重が下がっていった

2004年のネット人口

インターネット利用者数7948万人
人口普及率62.3%
平成16年末。平成12年から約25.2ポイント増/出典: 平成17年版 情報通信白書 第1章第2節の要旨

2004年の画面

実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

www.yahoo.co.jp1024px
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サービス
カテゴリ
主要ニュース
トピックス
オークション
広告
フッタリンク
2003年の画面構造常時接続の普及で1ページに載せられる情報量の上限が上がり、3カラムが完成した時期。 左にカテゴリ、中央にニュースと検索、右にオークションと広告という配置は、 以後10年近く日本のポータルの標準になる。現在の目には過密に見えるが、 横に広く縦に短い画面で、マウスで細かいリンクを正確に押せることが前提だった。1024×768 が標準になり、横幅の使い方が一気に変わった※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
mixi.jp(ホーム)1024px
ホーム 日記 コミュニティ
プロフィール画像
マイミクシィ
あしあと
最新の日記
コミュニティの新着
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おすすめ
2005年の画面構造中心にあるのは日記で、その周りに人間関係が配置されている。 左の「あしあと」は誰が自分のページを見たかの一覧で、読むだけでも相手に伝わった。 この設計は交流を促進する一方、見たのに反応しないことが気まずいという独特の緊張も生んだ。 角丸と淡い配色は、当時Web 2.0と呼ばれた視覚言語である。※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

当時のWebを見る

実際に保存された2004年のページは、外部のWebアーカイブで閲覧できます。 保存の有無はサービスごとに異なるため、各サービスのページから状態を確認してください。

サービス索引から探す

出典

  1. 公的資料平成17年版 情報通信白書 第1章第2節の要旨(総務省)
    平成16年末のインターネット利用者数7,948万人、人口普及率62.3%。平成12年比で利用者約3,200万人増、普及率約25.2ポイント増
    確認日: 2026-08-15
  2. 一次資料おかげさまでmixi20周年!(mixi 年表)(株式会社MIXI)
    2004年2月22日始動、3月3日正式オープン、同年11月に20万人突破
    確認日: 2026-08-15

2004発信の場所が、サイトからアカウントへ動き始めた年
19952023