INTERNET — 1996

1996年のインターネット

入口が作られ、地方はまだ市外通話だった

第1層 黎明期存在したサービス 4この年に開始 2

1996年に日本のインターネットへ加わったものは、技術ではなく入口だった。 4月1日、Yahoo! JAPANがサービスを開始する。約15,000サイトを人の手で分類したディレクトリで、 「どこに何があるか分からない」という当時の最大の障害に、目次という形で答えを出した。 10月にはインフォシークの日本語版が始まり、探す手段が複数並び始める。 12月にはNTTがインターネット接続サービスOCNを開始した。 ただし提供地域は東京23区、藤沢市、大垣市の三か所だけである。全国どこでも同じ条件、ではなかった。 この年のインターネットを実際に決めていたのは、住んでいる場所だった。 1996年10月時点で、ダイヤルアップ接続のアクセスポイントは全国282の単位料金区域に置かれていた。 全国3,255市町村のうち、区域内通話(市内通話料金)でインターネットにつなげたのは2,126市町村。 残りのおよそ3分の1では、つなぐという行為そのものが市外通話になった。 同じ1時間の接続で、支払う金額が住所によって何倍も違う。 「インターネットは距離を消す」と語られ始めたその年に、日本のインターネットは まだ市内通話の輪郭の内側にあった。 そしてこの年、最も勢いがあったのは実はインターネットではない。 1996年6月の調査で、全国のパソコンネット局の会員数は573.2万人、前年同期比55.4%増。 NIFTY-Serveは9月18日に会員200万人を達成し、1995年4月の100万人から1年半弱で倍増した。 運営側はその理由として、パソコンの低価格化、専用GUIソフトの普及、 そしてインターネットへの関心の高まりを挙げている。 インターネットを試したいという動機が、まだインターネットではなくパソコン通信の会員数を押し上げていた。 ホストコンピュータ数で見ると、日本は1996年1月の約26万9千台から1997年1月には約73万台へ、 1年で2.7倍になっている。世界全体も約1,615万台で前年比70.5%増。 数字は明らかに立ち上がっているのに、まだ「利用者数」という統計は作られていない。 1996年は、インターネットが数え方を決めかねていた最後の年だった。

この年のインターネット

1996年時点で日本から使えたサービスのカテゴリ。存在しなかった領域は表示していません。

検索ポータルホスティングコミュニティ掲示板チャットメールニュース

1996年の主役

この年に生まれたもの、消えたもの

1996年のネット文化

1996年の環境

スペック表ではありません。なぜ当時のWebがあの見た目・使い方だったのかを 理解するための前提です。

主流端末
デスクトップPC(PC-9800シリーズ / DOS/V機)/ノートPC/ワープロ専用機
ブラウザ
Netscape Navigator(WWWを見るときの中心)/Internet Explorer(Windows 95 の普及とともに使われ始めた)/通信ソフト(ブラウザではない)(会員数で見ればパソコン通信のほうがまだ大きかった)
回線
ダイヤルアップ(アナログ 28.8k〜33.6kbps)/ISDN 64kbps/テレホーダイ(23時〜翌8時が定額)/ケーブルテレビ回線(10月に武蔵野三鷹ケーブルテレビが開始。ダイヤルアップ型28.8kbps/LAN型10Mbps)
画面解像度
640×480 から 800×600 への移行期
携帯電話
携帯電話・PHSは通話とショートメッセージが中心
保存容量
フロッピーディスク/CD-ROM/1GB前後のHDD
主な検索手段
人の手で分類されたディレクトリが登場した年。全文検索はまだ精度が低く、 URLを雑誌で調べる習慣も並行して残っていた

1996年のネット人口

インターネット接続ホストコンピュータ数(日本)73万台
1997年1月現在。世界全体は約1,615万台(対前年比70.5%増)出典: 第1章第1節5(1)インターネットの普及状況(平成9年版 通信白書)
市内通話でインターネットに接続できた市町村2126市町村
1996年10月現在。全国3,255市町村のうち。うち1,609市町村には複数プロバイダのアクセスポイントがあった出典: 第1章第1節5(1)インターネットの普及状況(平成9年版 通信白書)
全国パソコンネット局の会員数573.2万人
1996年6月調査(推計値を含む)。対前年同期比55.4%増。ネット局数は2,741局出典: 第1章第1節5(2)パソコン通信サービスの普及状況(平成9年版 通信白書)
NIFTY-Serve 会員数200万人
1996年9月18日発表。1995年4月の100万人から1年半弱で倍増出典: NIFTY-Serve、会員200万人を達成

1996年の画面

実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

www.yahoo.co.jp800px
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新着情報
バナー広告 468×60
1997年の画面構造画像はロゴとバナーだけで、残りはすべてテキストリンク。カテゴリを2段組で並べ、 その下に新着情報が続く。ダイヤルアップの従量課金では、重いページは「遅い」ではなく「高い」ページだった。 軽さは美意識ではなく利用者の財布の都合であり、当時のレイアウトはその制約から逆算されている。800×600 のディスプレイを前提にした、横スクロールの出ない固定幅※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
NIFTY-Serve(端末画面)640px
接続中の表示(通信速度・経過時間)
NIFTY-Serve メインメニュー
番号付きの項目(電子メール/フォーラム/ニュース/ショッピング)
コマンド入力欄(GO+フォーラム名で直接移動)
フォーラムの会議室一覧
未読の発言(一括受信してから回線を切って読む)
1995年の画面構造Webのページではなく、通信ソフトが表示する文字だけの画面である。 画像も配色もなく、移動は番号かコマンドで行う。上部に接続時間が出ているのは装飾ではなく、 そこに表示されている数字がそのまま料金だったからである。 よく使う場所へ一発で飛ぶ GO コマンドが重宝されたのは、 階層をたどる時間そのものが課金対象だったことの裏返しだった。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。ブラウザではなく通信ソフトの画面。80桁×24行の文字端末を前提にした表示※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

当時のWebを見る

実際に保存された1996年のページは、外部のWebアーカイブで閲覧できます。 保存の有無はサービスごとに異なるため、各サービスのページから状態を確認してください。

サービス索引から探す

出典

  1. 公的資料第1章第1節5(1)インターネットの普及状況(平成9年版 通信白書)郵政省(現 総務省)
    1997年1月現在の日本のホストコンピュータ数 約73万台・世界約1,615万台(対前年比70.5%増)、 1996年12月のOCN開始(東京23区・藤沢市・大垣市)、1996年10月の武蔵野三鷹ケーブルテレビの インターネット接続サービス開始、1996年10月現在のアクセスポイント282単位料金区域、 全国3,255市町村のうち2,126市町村が区域内通話で接続可能(うち1,609市町村は複数プロバイダ)
    確認日: 2026-08-16
  2. 公的資料第1章第1節5(2)パソコン通信サービスの普及状況(平成9年版 通信白書)郵政省(現 総務省)
    1996年6月調査で全パソコンネット局の会員数573.2万人(対前年同期比55.4%増)、 パソコンネット局数2,741局(同4.7%増)
    確認日: 2026-08-16
  3. 報道NIFTY-Serve、会員200万人を達成PC Watch(インプレス) 1996-09-19
    1996年9月18日に会員200万人達成。増加の背景としてパソコンの家庭浸透・ インターネットへの関心・専用GUIソフトの普及。アクセスポイントは全国200箇所以上
    確認日: 2026-08-16
  4. 一次資料沿革 ── ヤフー株式会社LINEヤフー株式会社
    1996年1月31日設立、1996年4月1日サービス開始
    確認日: 2026-08-16
  5. 報道楽天がインフォシークを買収〜ヤフーと真っ向勝負INTERNET Watch(インプレス) 2000-11-30
    1996年10月にデジタルガレージの一事業部門として日本でサービスを開始したこと
    確認日: 2026-08-16

1996入口が作られ、地方はまだ市外通話だった
19952023