INTERNET — 2000

2000年のインターネット

一年で利用者が7割増えた年

第2層 ブロードバンド化存在したサービス 16この年に開始 1

2000年は、数字の上では爆発的な一年だった。総務省の集計では、この年の末のインターネット利用者数は 4,708万人で、前年比74.0%増。一般世帯への普及率も34.0%まで上がっている。 一年で利用者が7割増えるという事態は、この前にもこの後にも起きていない。 ところが、増えた人たちが使っていた環境は、前年とほとんど変わっていなかった。 接続の主流は依然として電話回線のダイヤルアップで、つないでいる時間だけ料金がかかる。 だから多くの人は23時のテレホーダイ開始を待ち、そこから明け方まで一気に見て回った。 ADSLの商用サービスはこの前後に始まっているが、この年の時点ではまだ限られた地域と限られた人のものだった。 この「利用者だけが急増して、環境が追いつかない」状態が、2000年の空気を決めている。 ページは軽く作らなければならず、画像は最小限で、文字がぎっしり詰まっている。 検索はディレクトリが中心で、目的のページに最短で辿り着くことが重視された。 一方で、増えた利用者を受け止める場所として、無料ホームページサービスと掲示板が急速に膨らんでいた。 翌年からの常時接続の普及によって、この制約は一気に外れることになる。 2000年は、旧来の制約の下で人だけが増えた、最後の年だった。

この年のインターネット

2000年時点で日本から使えたサービスのカテゴリ。存在しなかった領域は表示していません。

掲示板コミュニティショッピング検索ポータルツールニュースケータイホスティング個人サイト接続サービスチャットメールオークション

2000年の主役

この年に生まれたもの、消えたもの

この年に終わった

記録されているものはありません。

2000年のネット文化

1997 — 2012着メロ携帯電話の着信音を、自分で選んだ曲に変える文化。 はじめは専門誌を見ながら自分で打ち込むものだったが、公式メニューから買えるようになり、 日本のネットで個人が少額を払う習慣を最初に作った領域になった。1987 — 2008チャットルーム同じ時刻に集まった人どうしが、短い文を即時にやりとりする「部屋」。 パソコン通信の機能として始まり、個人サイトが自分の部屋を置く形へ広がった。 通信料が定額になる時間帯に人が集まるという、日本特有の集まり方をした場所でもある。1997 — 2008直リンク禁止他所のサイトの画像やファイルを自分のページから直接呼び出すことを禁じる注意書き。 個人サイトの「お約束」ページにほぼ必ず書かれていた。マナーの問題に見えて、 実際には転送量が有限で、しかも呼ばれた側だけが払うという料金の構造から生まれている。2000 — 2008Flash文化Flash で作られた短いアニメーションや音楽作品を、個人が公開して見せ合っていた文化。 常時接続が普及した2000年代前半に、ブラウザだけで動く映像表現として広がり、 Flash Player のサポート終了(2020年12月31日)で再生手段ごと失われた。1996 — 2008キリ番アクセスカウンタが10000などのきりのいい数字になったとき、その訪問者が申告して 記念のイラストや文章をもらう習慣。個人サイトの訪問者数が「数えられる規模」だった時代に、 数字そのものをイベントに変えた文化。1996 — 2006工事中ページ中身がまだ無いページに「工事中」と書いて公開しておく習慣。作業員やバリケードの アニメーションGIFが添えられることが多かった。未完成であることを隠さず、 むしろ表示していたという点に、当時のサイトの位置づけが表れている。1998 — 2010メールマガジン登録した購読者へ定期的にまとまった内容のメールを配信する仕組み。「メールマガジン」という呼称自体が 1990年代末に広まった和製英語で、英語圏では newsletter と呼ばれる。 個人が定期刊行物の発行人になれた、日本のネット史で最初の形式だった。1996 — 2007相互リンク個人サイト同士が互いにリンクを張り合う習慣。掲示板やメールで申請し、 了承を得てから張るという手続きを伴うことが多かった。検索エンジンが弱かった時代に、 サイトを見つける主要な経路そのものだった。1995 — 2004テレホタイムNTTのテレホーダイが適用される23時から翌朝8時までの時間帯。この9時間だけ通信料が定額になるため、 日本中のネット利用者が同じ時刻に一斉に接続した。掲示板もチャットも23時に人が現れるという、 料金制度が文化を作った例。1998 — 2005テキストサイト文章そのものを読ませることを主目的にした個人サイト。画像も動画も置けない、 あるいは置くと重すぎるという条件の下で、文体と改行と間の取り方だけで 読ませる技術が磨かれた。2000年前後の数年間に集中して現れた形式。

2000年の環境

スペック表ではありません。なぜ当時のWebがあの見た目・使い方だったのかを 理解するための前提です。

主流端末
デスクトップPC/ノートPC
ブラウザ
Internet Explorer 5.x(急速にシェアを伸ばしていた)/Netscape Communicator 4.x
回線
ダイヤルアップ(アナログ 56kbps)/ISDN 64kbps/ADSL(この年から一部地域で提供開始)
画面解像度
800×600 が中心、1024×768 が増加中
携帯電話
iモード/EZweb/J-スカイ
保存容量
フロッピーディスク/CD-R/10〜20GB前後のHDD
主な検索手段
人手で分類したディレクトリ検索が中心。全文検索は補助的な位置づけ

2000年のネット人口

インターネット利用者数4708万人
一般世帯へのインターネット普及率34%
企業のインターネット利用率44.8%

2000年の画面

実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

オンライン書店の商品ページ800px
検索窓(和書/洋書/すべて)
書影
書名/著者/出版社/発売日
価格(和書は定価。洋書は割引率つき)
在庫あり ── 24時間以内に発送
カートに入れる
目次・内容紹介
書評(雑誌からの転載/出版社の概要)
カスタマーレビュー(読者が投稿)
この本を買った人はこんな本も買っています(※ 開設から2〜3か月後に稼働)
2000年の画面構造実店舗の棚で分かるのは、書名と表紙と値段と厚みくらいである。 この画面はそこに目次・内容紹介・雑誌の書評・読者のレビューを積み上げた。 在庫の有無と発送の目安まで、買う前に画面に出ている。 値段の欄が二種類あるのが日本固有の事情だった。 和書は定価での販売、洋書は最大30%の割引。 同じ店の中で、扱う商品によって値付けの自由度が違う。 値引きで競えない側では、上に積んだ情報の量が競争の中身になる。 最下部の推薦は、開設時には動いていない。 購買履歴が溜まるまで実装は2〜3か月後になる、と当時の記事に書かれている。 推薦は最初から在る機能ではなく、利用者の行動が材料になって初めて動く。 この一行が、後の日本のインターネットで起きることを先に説明している。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。実店舗の棚では見えない情報を、1ページに全部並べる※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
www.geocities.co.jp/.../1234/800px
タイトル画像(自作GIF)
いらっしゃいませ!
メニュー
更新履歴
自己紹介
リンク集(相互リンク)
工事中
000000あなたは○○人目の訪問者です
BBS(掲示板)
1999年の画面構造タイトル画像、更新履歴、自己紹介、リンク集、工事中表示、そして最下部のアクセスカウンタ。 この並びが個人サイトのほぼ標準構成だった。カウンタが訪問者にも見えていたことが、 キリ番という交流の儀礼を成立させている。工事中表示が普通だったのは、 サイトを一度に完成させてから公開するという前提があったためである。背景に画像をタイル状に敷き詰めるのが標準的だった※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
2ch.net(スレッド表示)800px
スレッドタイトル
前100 次100 最新50
書き込み
書き込み
書き込み
書き込む
2001年の画面構造装飾がほとんどなく、1ページに数百件の書き込みが並ぶ。これは手抜きではなく、 低速回線でも読める形を優先した結果である。等幅フォントで表示されることが前提だったため、 記号を組み合わせて絵を描くアスキーアートが機能した。 文字だけの制約が、逆に独自の表現を育てた例といえる。等幅フォントで表示されることを前提にした画面※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
iMenu(iモード公式メニュー)120px
iMenu
1 メニューリスト
2 料金照会
3 メール設定
4 お知らせ
ニュース/天気
着信メロディ
乗換案内
2000年の画面構造項目の頭に番号が振ってあるのは、カーソルで降りていくより数字キーを1回押すほうが速いからである。 片手で、歩きながら、数秒で目的に着く必要があった。 検索窓が無いのは技術的な制約ではなく、審査を通った公式サイトを階層で並べるという設計思想の結果で、 自由に広がるパソコンのWebとは前提そのものが違っていた。全角十数文字が数行という表示領域。横スクロールという概念自体が無い※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
個人サイトのCGIチャット640px
部屋の名前と「現在○人」の表示
発言ログ(新しい順に上から積まれる)
ハンドル入力
発言入力欄
色・アイコンの選択
発言する
ローカルルール(初めての方はお読みください)
2000年の画面構造自動更新の仕組みが無かったため、上半分のフレームだけを数秒おきに再読み込みして 新しい発言を取りに行く作りが一般的だった。読み込むたびに通信が発生するので、 部屋を開いているだけで課金が進む。 発言欄のとなりにハンドル入力が置かれているのは、ログイン機能を持たず、 毎回名乗ってから話す形式だったからである。 下部のローカルルールは飾りではなく、管理人が一人で秩序を保つための唯一の手段だった。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。フレームで上下に分割し、上だけを数秒おきに再読み込みして更新を取る構成※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
キリ番報告のお願い800px
「キリ番を踏んだ方はご報告ください」
000000現在のカウント
キリ番の履歴(番号/踏んだ方/記念品)
「踏み逃げ禁止」の注意書き
報告用掲示板へ
2000年の画面構造カウンタの数字、これまでのキリ番の記録、そして報告先の掲示板。 数字が訪問者にも見えていること、到達に何か月もかかること、 サイト主と訪問者の距離が近いこと。この三つが同時に成立していた時期にだけ、 この画面は意味を持った。※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
個人サイトのリンク集640px
LINK ── リンクについて(無断リンクはご遠慮ください)
当サイトへのリンクはこちらのバナーをお使いください
自サイトのバナー(保存してお使いください)
■ 相互リンク
相手サイトのバナー
サイト名と管理人からの紹介文
相手サイトのバナー
サイト名と紹介文
相手サイトのバナー
サイト名と紹介文
相手サイトのバナー
サイト名と紹介文
■ 参考にさせていただいたサイト(片道リンク)
2000年の画面構造リンク集は名簿であると同時に、自己紹介の一部だった。 どこと相互リンクしているかが、そのサイトの立ち位置を示している。 紹介文が一件ずつ手書きなのは、申請と了承のやりとりが実際にあったからで、 機械的に集めた一覧では成立しない。 上部の注意書きと自前のバナーがひと組で置かれているのも作法だった。 リンクを歓迎する意思と、その条件を、同じ場所で示す。 検索の精度が低く、探す手段が人の手のリンクしかなかった時代、 この1ページが流入経路そのものだった。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。相互リンクを申請して了承を得た相手が、ここに並んでいく※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

当時のWebを見る

実際に保存された2000年のページは、外部のWebアーカイブで閲覧できます。 保存の有無はサービスごとに異なるため、各サービスのページから状態を確認してください。

サービス索引から探す

出典

  1. 公的資料平成13年版 情報通信白書 「1 インターネットの急速な普及」(総務省)
    平成12年末のインターネット利用者数4,708万人(前年比74.0%増)、一般世帯普及率34.0%、企業の回線保有率95.8%・利用率44.8%
    確認日: 2026-08-15
  2. 報道NTT、「テレホーダイ」の提供を2024年で終了 90年代のインターネットを支えた長寿サービス(ITmedia NEWS) 2022-01-21
    23時から翌8時までの定額制という仕組みと、90年代のインターネット利用における位置づけ
    確認日: 2026-08-15

2000一年で利用者が7割増えた年
19952023