LAYER 3 — 2005〜2009

SNS化

発信の単位が「サイト」から「アカウント」へ移った層。自分でページを作らなくても 書き込める場所が用意され、誰が書いたかが実名やプロフィールに紐づくようになった。 個人ホームページ文化が縮小し、代わりに人間関係そのものがコンテンツになった。

mixiYouTubeニコニコ動画ブログブームTwitter登場動画共有

この層で何が変わったか

それまで、インターネットで発信するにはまず「場所」を用意する必要があった。 無料スペースを借り、HTMLを書き、FTPで上げる。この手間が発信者の総数を抑えていた。 この層で起きたのは、その手間の消滅である。アカウントを作れば、その日から書ける。 結果として発信者は桁違いに増えたが、同時に決定的な変化が起きた。発信の単位が 「サイト」から「人」へ移ったことである。サイトには管理人がいてトップページがあり、 訪問者は玄関から入った。アカウントには玄関がなく、流れてくる投稿だけがある。 「足あと」「マイミク」「相互リンク」のように、それまで暗黙だった人間関係が システムの機能として可視化されたのもこの層で、これが後のフィードとアルゴリズムの前提になった。 次の層との境目は2010年に置いているが、端末が入ってきた日ではない。 iPhone 3G の日本発売は2008年7月で、この層の途中にあたる。 統計の上でスマートフォンからの利用がパソコンを上回るのは2017年で、こちらはずっと後である。 2010年で切っているのは、作る側が「小さい画面を前提に設計し直し始めた」時点だからで、 発売日でも普及率でもない。 この判断はこのサイト全体の地層の切り方に共通している。 境目は、多数派になった年ではなく、作法が切り替わった年に置く。 多数派になる年は統計で決まるが、作法が変わる年は残された画面の形で決まる。

この層のデザイン言語

Web 2.0光沢ボタン角丸タグクラウドRSS大きめのロゴ

この層の年

2005携帯からしかネットを見ない人が2割を超えた年2005年末の利用者数は8,529万人、人口普及率66.8%。注目すべきは内訳で、 携帯電話だけでインターネットを使う人が1,921万人(22.5%)に達した。 「ネットを使う=パソコンの前に座る」という前提が崩れた年。2006携帯だけの人が1年で3分の1になった2006年末の利用人口は8,754万人、普及率68.5%。急変したのは端末の内訳で、 携帯電話・PHSだけで使う人が前年比64.2%減の688万人まで落ち、パソコンと併用する人が6,099万人へ増えた。 動画がパソコンを呼び戻し、携帯はコミュニティを引き受けた年である。2007パソコンと携帯が、ほぼ同じ数だけ使われていた年2007年末の利用者数は8,811万人、人口普及率69.0%。 パソコンからの利用が7,813万人、携帯端末からが7,287万人で、 二つの画面がほぼ拮抗していた。日本のWebが最も明確に二重化していた時期。2008パソコンのほうが伸びた最後の年2008年末の利用者数は9,091万人、人口普及率75.3%。この年はパソコンからの利用者が442万人増えたのに対し、 モバイル端末は219万人増にとどまった。7月11日にiPhone 3Gが日本で発売されるが、 統計に効いてくるのは翌年からである。2009伸びの主役が入れ替わった2009年末の利用者数は9,408万人、人口普及率78.0%。前年は増加数でパソコンが上回っていたが、 この年はモバイル端末が504万人増でパソコンの259万人増を追い抜いた。 同じ年、ガラケーのコミュニティも最大規模に達している。

この層の主役

この層の画面

実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

動画ページ(映像とコメントを分ける形)960px
検索窓 / 動画 / カテゴリ / メンバー登録
動画プレーヤー
再生 / 音量 / 全画面
タイトル/投稿者/再生回数/評価
説明文
コメント欄(投稿順に上から並ぶ)
関連動画
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2007年の画面構造映像とコメントが上下に分かれている。 これがこの時期の標準的な作りで、他の多くの動画サイトも同じ形をとっていた。 読むには視線を下へ移す必要があり、 どのコメントがどの場面についてのものかは、読み手が推測するしかない。 同じ2007年に日本で広がっていた別の形式は、ここを重ねた。 文字を映像の上に流すと、別々の日に書かれたコメントが同じ場面で同時に現れる。 一人で見ているのに大勢と見ているように感じる、という体験の差はここから出ている。 どちらが優れているという話ではない。 分けた側は映像そのものを邪魔せず、後から読み返せる。 重ねた側は同時に見ている感覚を作るが、映像は文字で隠れる。 日本で二つの動画の場所が長く並び立ったのは、 この一点の設計が違っていたからである。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。映像が上、文字が下。上下に分けるのがこの時期の標準的な作りだった※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
本文の語が、そのままリンクになる日記700px
2005-○-○ 日記のタイトル
本文(ふつうの文章)
本文(語に自動でリンクが付く ── 書き手は張っていない)
本文
この語を含む日記へ / 語の説明ページへ
コメント(○件)
前の日 / 次の日 / 月別 / 一覧
2005年の画面構造画面の見た目は同時期のブログとほとんど変わらない。 違いは、本文の中のリンクを誰が張ったかにある。 ここでは書き手がリンクを張っていない。 語を書いただけで、その語が自動的に説明のページへつながり、 同じ語を書いた他の人の日記へ辿れるようになる。 同じころ、[相互リンク](/culture/sougo-link)は申請して了承を得る手続きだったし、 [トラックバック](/culture/trackback)は書いた側が相手へ通知を送る仕組みだった。 どちらも人が決めてつなぐ。ここでは語彙がそのまま経路になっている。 この設計は、用語の多い分野ほど強く効いた。 技術の話を書けば、専門語のすべてが自動的に他の書き手とつながる。 一方で、日常の言葉ばかりの文章では意図しない語まで拾われる。 つなぐ判断を機械に任せたことの利点と副作用が、同じ仕組みから出ている。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。見た目は当時のブログと変わらない。違うのは本文中のリンクを誰が張ったか※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
プロフィールのページ(質問に答えて埋める)120px
○○のプロフ
写真
名前   : ○○
誕生日  : ○月○日
血液型  : ○型
性格   : ○○○
好きな音楽: ○○○
ひとこと : ○○○○○
1 このプロフにコメントする
2 友達のプロフ一覧
000000アクセス 0123
2007年の画面構造左に質問、右に答え。この構造が最初から用意されていることが要点である。 個人サイトなら、何を書くかを決めるところから始めなければならない。 ここでは項目が並んでいて、埋めれば完成する。 書く力も、構成する力も要求されない。 埋める形式だからこそ、読み比べが成立したとも言える。 同じ項目に別の答えが入っているだけなので、 友達のページを次々に開いて差分だけを見ていく読み方ができる。 パケット定額制が広がった時期にこの遊び方が流行したのは、 1ページあたりが軽く、たくさん開くことが前提だったからでもある。 同時に、この形式は公開範囲を選ぶ仕組みを持っていなかった。 誕生日も、通っている学校の話も、同じ一枚に並んで誰からでも読める。 見せる相手を刻むという発想が入ってくるのは、これより後になる。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。携帯電話の縦長画面。上から下へ質問と答えが交互に並ぶだけの構造※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
mixi.jp(ホーム)1024px
ホーム 日記 コミュニティ
プロフィール画像
マイミクシィ
あしあと
最新の日記
コミュニティの新着
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おすすめ
2005年の画面構造中心にあるのは日記で、その周りに人間関係が配置されている。 左の「あしあと」は誰が自分のページを見たかの一覧で、読むだけでも相手に伝わった。 この設計は交流を促進する一方、見たのに反応しないことが気まずいという独特の緊張も生んだ。 角丸と淡い配色は、当時Web 2.0と呼ばれた視覚言語である。※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
Facebook の投稿欄とニュースフィード960px
検索/ホーム/プロフィール/アカウント
顔写真
実名
ニュースフィード/メッセージ/イベント/友達
「いまなにしてる?」入力欄
[投稿] [公開範囲 ▼ 全員/友達/カスタム]
友達の投稿(実名+顔写真+本文)
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友達の投稿(写真アルバムを追加しました)
いいね! / コメント / シェア
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知り合いかも
2010年の画面構造この画面でいちばん日本のSNSと違ったのは、投稿ボタンの隣にある公開範囲の選択だった。 設定画面に一度だけ入って決めるのではなく、 書くたびにその場で「誰に見せるか」を選ぶ。 電話番号や住所や出身校まで登録できる前提とセットで、 どこまで出すかを項目ごとに刻むという設計思想がここに出ている。 その前提が実名である。実名で登録し、実際に知っている相手とつながる。 日本のネットはこの時点ですでに、 パソコン通信のハンドルから匿名掲示板の名無しまで、 名乗りを薄くする方向に20年積み上げてきたあとだった。 同じ画面が、来た土地によって別の意味を持つ例といえる。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。3カラム。左に自分、中央に流れてくるもの、右に広告という配置※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
www.nicovideo.jp(動画視聴ページ)1024px
ランキング 検索 マイリスト
流れるコメント
動画(この上をコメントが流れる)
動画の説明
タグ
コメント一覧
2007年の画面構造通常の動画サイトが動画とコメント欄を上下に分けるのに対し、ニコニコはそれを重ねた。 右のコメント一覧は補助で、体験の中心は動画の上を流れる文字のほうにある。 別々の日に書かれた反応が同じ場面で同時に現れるため、非同期なのに同時に見ているように感じられた。※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

この層で始まったサービス

この層のネット文化

1997 — 2012着メロ携帯電話の着信音を、自分で選んだ曲に変える文化。 はじめは専門誌を見ながら自分で打ち込むものだったが、公式メニューから買えるようになり、 日本のネットで個人が少額を払う習慣を最初に作った領域になった。1987 — 2008チャットルーム同じ時刻に集まった人どうしが、短い文を即時にやりとりする「部屋」。 パソコン通信の機能として始まり、個人サイトが自分の部屋を置く形へ広がった。 通信料が定額になる時間帯に人が集まるという、日本特有の集まり方をした場所でもある。1997 — 2008直リンク禁止他所のサイトの画像やファイルを自分のページから直接呼び出すことを禁じる注意書き。 個人サイトの「お約束」ページにほぼ必ず書かれていた。マナーの問題に見えて、 実際には転送量が有限で、しかも呼ばれた側だけが払うという料金の構造から生まれている。2000 — 2008Flash文化Flash で作られた短いアニメーションや音楽作品を、個人が公開して見せ合っていた文化。 常時接続が普及した2000年代前半に、ブラウザだけで動く映像表現として広がり、 Flash Player のサポート終了(2020年12月31日)で再生手段ごと失われた。1996 — 2008キリ番アクセスカウンタが10000などのきりのいい数字になったとき、その訪問者が申告して 記念のイラストや文章をもらう習慣。個人サイトの訪問者数が「数えられる規模」だった時代に、 数字そのものをイベントに変えた文化。1996 — 2006工事中ページ中身がまだ無いページに「工事中」と書いて公開しておく習慣。作業員やバリケードの アニメーションGIFが添えられることが多かった。未完成であることを隠さず、 むしろ表示していたという点に、当時のサイトの位置づけが表れている。1998 — 2010メールマガジン登録した購読者へ定期的にまとまった内容のメールを配信する仕組み。「メールマガジン」という呼称自体が 1990年代末に広まった和製英語で、英語圏では newsletter と呼ばれる。 個人が定期刊行物の発行人になれた、日本のネット史で最初の形式だった。2005 — 2018まとめサイトネット上の情報を集めて整理し、読みやすく並べ直して公開するサイト。 掲示板やSNSの書き込みを抜き出したものもここに含まれる。 2014年ごろに爆発的に増えたが、剽窃と質の低下が社会問題化し、2016年末を境に下火になった。1996 — 2007相互リンク個人サイト同士が互いにリンクを張り合う習慣。掲示板やメールで申請し、 了承を得てから張るという手続きを伴うことが多かった。検索エンジンが弱かった時代に、 サイトを見つける主要な経路そのものだった。1998 — 2005テキストサイト文章そのものを読ませることを主目的にした個人サイト。画像も動画も置けない、 あるいは置くと重すぎるという条件の下で、文体と改行と間の取り方だけで 読ませる技術が磨かれた。2000年前後の数年間に集中して現れた形式。2003 — 2012トラックバック別のブログへリンクを張ったときに、相手へ「あなたの記事を参照した」と通知する仕組み。 リンクされた側は参照している記事の一覧を自動で作れた。 ブログ同士が相互に反応し合う光景を作った機能で、いまはほとんど残っていない。

出典

  1. 公的資料平成17年版 情報通信白書 第1章第2節の要旨(総務省)
    平成16年末のインターネット利用者数7,948万人、人口普及率62.3%
    確認日: 2026-08-15