日本のネットで、人はどう名乗ってきたか
ハンドル、名無し、招待制の実名、アバター、公開のアカウント名、そしてアドレス帳の表示名。 日本のネットで人が自分を名指してきた形は40年で6回変わり、 そのたびに「自分が何と呼ばれるかを自分で決められる幅」が少しずつ狭くなってきた。
ハンドル ── 本名でも匿名でもない場所
パソコン通信の時代、人は自分で決めた名前で通した。 本名ではないが、その場では一貫して同じ名前を使う。 同じ部屋に何年もいれば、その名前に人格が積み上がっていく。 重要なのは、この状態が中間だったことである。 運営は入会手続きを通じて本人を把握しているので、完全な匿名ではない。 一方で他の会員から見えるのは名前だけなので、実名でもない。 責任は取れるが、素性は明かさない。この位置に立てたのは、 会員制という制度が下から支えていたからである。 名前を自分で決められるという点だけを見れば、 この時代が最も自由だったと言っていい。何と呼ばれるかを、完全に自分で選べた。
名無し ── 名前を持たないという選択
匿名掲示板が広がると、名乗らないという選択が現れる。 名前欄を空のまま書き込めば、既定の呼び名が自動で入る。 これは「名前を隠す」のとは違う。隠すには、隠すべき名前を先に持っている必要がある。 ここではそもそも名前を持たない状態が既定になった。 発言は書いた人にではなく、その場に帰属する。 効果は両方向に出た。所属や立場を気にせず書けるようになった一方で、 何を書いても自分に返ってこないという条件も同時に成立した。 日本のネットが匿名で語られることが多いのは、この形式が長く大きかったためだが、 その前の10年以上、人はきちんと名乗っていたことは押さえておく価値がある。
招待 ── 実名らしさを制度で作る
2000年代半ばのSNSは、この状況をもう一度ひっくり返した。 当時の白書は、多くのSNSが既存加入者からの招待がなければ加入できない仕組みを採っており、 加入者間で一定の信頼性が確保されていると見られることから 実名で情報を発信する人も多い、と記している。 そして、オープンかつ匿名を特徴としてきたインターネットのなかで、 SNSが新たなサービス領域を形成しつつある、という位置づけを与えていた。 注目したいのは、実名で書くようになった理由が制度だったことである。 本人確認をしたわけでも、規約で義務づけたわけでもない。 誰かの紹介がなければ入れない、という一点だけで、書く内容の性格が変わった。 ただし、この形式には終わりがあった。招待制は成長の速度と両立しない。 招待が要らなくなった時点で、実名らしさを支えていた仕組みも同時に外れている。
アバター ── 絵で名乗る
携帯電話向けのサービスでは、別の解が出た。名前ではなく絵で自分を示す方法である。 画面が狭く、プロフィール文に文字数を割けない環境では、 自己紹介を読ませるより、目に入る絵で示すほうが速い。 髪型や服を組み合わせて作る分身が、その役割を担った。 これは名乗り方としては特異な位置にある。 名前と違って読み上げられないが、一覧の中で自分を見分ける機能は果たす。 そして、着替えるたびに印象が変わる。 固定された名前ではなく、更新される見た目のほうが自分を代表するという状態が、 ここで初めて成立した。いまのアイコン文化に直接つながっている。
公開のアカウント名 ── 名前は残るが、範囲が消える
短文を公開で流す形式が入ってくると、名乗り方はハンドルへ戻る。 ただし前提がひとつ違っていた。読む相手を選べない。 パソコン通信のハンドルは、会員制という壁の内側でだけ通用した。 招待制のSNSの名前も、招待でつながった範囲にしか出ない。 公開の投稿は、その壁を持たない。同じ名前で書いたものが、 想定していなかった相手にまで届く。 ここで初めて、名乗ることと、範囲を選ぶことが切り離された。 それまでの日本のネットでは、名前を決めることと居場所を決めることがほぼ同じ行為だったが、 この段階から別々の問題になる。
相手が付けた名前 ── 決定権が移る
そして現在、最も多く使われている連絡手段で、人は自分の名前を決めていない。 電話番号を鍵に登録し、相手の端末のアドレス帳から友だちリストが作られる形式では、 相手の画面に出る自分の名前は、相手が自分の電話帳に登録した文字列である。 本人が設定した表示名があっても、相手側の登録名が優先されることが多い。 40年の並びをもう一度たどると、こうなる。 完全に自分で決める(ハンドル)→ 持たない(名無し)→ 制度に押されて実名へ寄る(招待制)→ 絵で示す(アバター)→ 名前は自由だが範囲が選べない(公開アカウント)→ 相手が決める(アドレス帳)。 技術が進んだから自由になった、という話にはなっていない。 むしろ、自分が何と呼ばれるかを自分で決められる幅は、一貫して狭くなってきた。 便利さと引き換えに手放したものが何だったかは、この軸で並べたときにいちばんよく見える。