着メロ
携帯電話の着信音を、自分で選んだ曲に変える文化。 はじめは専門誌を見ながら自分で打ち込むものだったが、公式メニューから買えるようになり、 日本のネットで個人が少額を払う習慣を最初に作った領域になった。
なぜ当時あたりまえだったのか
出発点は、着信音がプリセットしかなかったことにある。 持ち歩く電話が一人一台になると、鳴ったときに自分の電話かどうかを区別する必要が出てくる。 かばんの中で鳴っている音が誰のものか分からない、という状況が日常的に起きていた。 最初にこれを解いたのは、事業者ではなく利用者だった。 当時のケータイは待受画面がプリセットしかなく、 着信メロディも専門誌を見ながら自作するのがせいぜいという状態である。 音符の並びを数字や記号に置き換えた譜面が雑誌に載っており、 それを一音ずつ本体に打ち込んでいく。1曲に数十分かかることも珍しくなかった。 この手間を消したのが、携帯電話向けのWebだった。 メニュー画面からジャンルを選び、「待受け」や「着信メロディ」をダウンロードできる。 打ち込む必要も、雑誌を買う必要も無くなった。 ここで重要なのは、買う経路が用意されていたことである。 公式メニューに載ったサイトは、月額の情報料を通信料と一緒に請求できた。 クレジットカードを持たない中高生でも、数百円を毎月払える。 日本のネットで個人が少額を継続的に払う習慣は、 音楽でも記事でもなく、この着信音から始まっている。 2002年12月には、打ち込みの音ではなく音源そのものを配信する「着うた」が始まった。 KDDIはこれを世界初の商用音楽ダウンロードサービスとしている。 電話が鳴るたびに、本人の歌声が流れる状態がここで一般化した。
なぜ消えたのか
三つの条件が同時に外れた。 第一に、流通の経路が消えた。着メロと着うたは公式メニューという棚に並ぶことで売れていた。 スマートフォンにはその棚が無く、アプリの配信元も端末の製造元が握る。 2026年3月31日のiモード終了で、この棚は制度としても完全に無くなった。 第二に、音楽の持ち方が変わった。 端末に曲そのものを入れられるようになり、 やがて定額で聴き放題になると、着信音のためだけに1曲を買う理由が薄れる。 同じ曲が数百円の着信音としても、月額の一部としても手に入るなら、前者を選ぶ必然性は無い。 第三に、電話が鳴らなくなった。 連絡の主な手段が通話からメッセージへ移り、 着信音そのものが人前で鳴る機会が減った。 着メロは「他人にも聞こえる」ことが前提の文化であり、 鳴らない電話では成立しない。 残ったのは、少額をネットで払うという習慣のほうである。 通信料と一緒に集める仕組みは端末とともに消えたが、 数百円を毎月払うことへの抵抗の低さは、後の課金の形へ引き継がれている。
今でいうと何か
音楽のサブスクリプションと、アプリ内の少額課金。 ただし当時は他人に聞かせるために買うという性格があり、 自分だけが聴くための購入とは動機が違っていた
※ 完全に同じものではありません。機能や文化の系譜として近いものを挙げています。