YouTube(日本語版)

現存動画2007現在(19年)

日本語版サイトの公開は2007年6月19日。 ただしその半年前から、日本ではYouTubeの動画にコメントを重ねる別のサービスが動いていた。 日本語のメニューが用意される前に、日本語の動画文化のほうが先に立ち上がっていた。

基本情報

サービス名
YouTube(日本語版)ユーチューブ
開始
20076月19日
日本語版サイトの公開日。同日に日本を含む複数国でメニューの現地語化が行われた。 それ以前も日本語での動画の検索は可能で、メニューだけが英語だった
終了
継続中
運営
米YouTube(2006年に米Googleが買収)(2007〜)
当時のURL
http://jp.youtube.com/
現在
https://www.youtube.com/

その時代の立ち位置

誰が使っていたか
日本語化の前から、英語のメニューのまま使っていた層がいた。 検索は日本語でできたため、探すことはできるが操作の言葉が分からない という状態で使われていた
何のために
動画を投稿し、視聴すること。 日本語版の公開時点では、企業がチャンネルを持つという使い方が始まったばかりで、 同日に国内企業として初めて公式ページを開いた例が報じられている
何が新しかったか
日本語版そのものは新しい機能を持たない。 この国での意味は別のところにあり、日本語化される前に日本語の利用が先行していたという 順序のほうが特徴的だった
今でいう何か
そのまま現在も使われている。動画を置く場所として最も大きい
当時の競合
ニコニコ動画

YouTube(日本語版)を時間旅行する

デザインの変化を並べるだけではなく、なぜそう変わったのかを書いています。

  1. 2007メニューが日本語になる前に、使われていた2007年のネットへ →

    2007年6月19日、日本語版サイトが公開された。 「動画」「カテゴリ」「メンバー登録」といった各種のメニューが日本語になり、 アカウント作成やログイン後のページも日本語で表示されるようになる。 逆に言えば、その日まで日本語だったのは検索だけだった。 日本語で動画を探すことはできるが、操作の言葉は英語のまま。 それでも使う人がいたということになる。 同じ日、国内企業として初めて公式のパートナーページが登場した。 放送事業者がチャンネルを持ち、スポーツの映像を公開している。 個人が投稿する場所に、企業が入ってくるという動きが、 日本語化と同時に始まっていた。

    映像とコメントを上下に分ける関連動画が右に並ぶ投稿順のコメント
    動画ページ(映像とコメントを分ける形)960px
    検索窓 / 動画 / カテゴリ / メンバー登録
    動画プレーヤー
    再生 / 音量 / 全画面
    タイトル/投稿者/再生回数/評価
    説明文
    コメント欄(投稿順に上から並ぶ)
    関連動画
    広告
    2007年の画面構造映像とコメントが上下に分かれている。 これがこの時期の標準的な作りで、他の多くの動画サイトも同じ形をとっていた。 読むには視線を下へ移す必要があり、 どのコメントがどの場面についてのものかは、読み手が推測するしかない。 同じ2007年に日本で広がっていた別の形式は、ここを重ねた。 文字を映像の上に流すと、別々の日に書かれたコメントが同じ場面で同時に現れる。 一人で見ているのに大勢と見ているように感じる、という体験の差はここから出ている。 どちらが優れているという話ではない。 分けた側は映像そのものを邪魔せず、後から読み返せる。 重ねた側は同時に見ている感覚を作るが、映像は文字で隠れる。 日本で二つの動画の場所が長く並び立ったのは、 この一点の設計が違っていたからである。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。映像が上、文字が下。上下に分けるのがこの時期の標準的な作りだった※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
  2. 2006日本語の動画文化は、ここより先に立ち上がっていた2006年のネットへ →

    日本での順序を確認しておく必要がある。 [ニコニコ動画](/service/nicovideo)は2006年12月12日に始まった。 運営自身の記述によれば、当初は動画そのものを持たず、 対応サイト(YouTube、Ameba Vision)の動画URLを入力してコメントを付ける仕組みだった。 自前で動画を投稿できるようになるのは2007年3月6日である。 つまり日本語版が公開される半年前から、 日本語のサービスがYouTubeの動画を素材として使っていた。 メニューが英語のままの状態で、日本のインターネットは その上に別の遊び方を積み上げていたことになる。 これは、この国に固有の順序だった。 多くの海外サービスは日本語化してから利用者を集める。 ここでは日本語の画面が用意される前に、 日本語で楽しむ仕組みのほうが外側に先に作られていた。 同じ時期の[Amazon.co.jp](/service/amazon-japan)が 日本語版の開設時点ですでに19万3,000人の日本の客を抱えていたのと、 形は違うが起きていることは似ている。 日本語化は始まりではなく、追認だった。

  3. 2010二つの動画の場所が、別々の役割で残った2010年のネットへ →

    日本語版の公開後も、[ニコニコ動画](/service/nicovideo)は消えなかった。 画面の上を文字が流れるという体験が、動画とコメント欄を上下に分ける作りとは 別のものだったからである。 結果として日本には、動画を置く場所と、動画を一緒に見る場所が 別々に存在する時期が長く続いた。 同じ動画がどちらにも上がり、片方では静かに再生され、 もう片方では画面が文字で埋まる。 規模で言えば比較にならないが、 規模の大きい側が小さい側を吸収しなかったという点が、この国の動画史の特徴になっている。 形式が違えば同時に成立する、という当たり前のことが、 動画という重い形式でも起きた例といえる。

系譜

同じ時代にあったもの

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当時のページを見る

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この時代のインターネットへ

YouTube(日本語版)だけを見ても、当時の空気は分かりません。同じころ何が存在していたかを見てください。

出典

  1. 報道YouTube日本語版が公開にITmedia NEWS 2007-06-19
    2007年6月19日に日本語版サイトが公開され、「動画」「カテゴリ」「メンバー登録」など 各種のメニューが日本語化されたこと。 従来も日本語による動画の検索などは可能だったが、 メニュー部分やアカウント作成・ログイン後ページなどが日本語化されたこと。 同日に放送事業者の公式ページが登場したこと
    確認日: 2026-08-17
  2. 一次資料【6周年】ニコニコ建国記念日ちょっと昔話株式会社ドワンゴ(ニコニコインフォ) 2012-12-12
    2006年12月12日に「ニコニコ動画(仮)」として開始し、 当初は対応サイト(YouTube、Ameba Vision)の動画URLを入力してコメントを付ける仕組み だったこと。2007年3月6日に動画投稿へ対応したこと。 日本語版の公開より半年早く、日本語の動画文化が立ち上がっていたことの根拠
    確認日: 2026-08-17
  3. 報道Amazon.comが日本でのサービスを開始、まず和洋書の販売からINTERNET Watch(インプレス) 2000-11-01
    日本語版の開設時点で海外のサイトを利用していた日本の顧客が19万3,000人いたこと。 日本語化が追認だった別の事例
    確認日: 2026-08-17
  4. 公的資料平成19年版 情報通信白書 「(2)ブログとSNS」総務省
    動画共有が広がり始めた時期の利用規模
    確認日: 2026-08-17

このページの記載は 2026-08-17 時点の調査に基づきます。誤りのご指摘・情報提供