1995年11月23日
Windows 95 日本語版発売
1995年11月23日、Windows 95の日本語版が発売された。秋葉原の深夜行列が象徴的な映像として残るが、 日本のネット史における意味は別のところにある。この日を境に、パソコンが家庭に入る速度と、 オンラインの人口が増える速度が連動し始めた。
この前後で何が変わったか
これより前
パソコンは、仕事で使う人と趣味で触る人のものだった。 1994年度(1994年4月〜1995年3月)の国内出荷台数は334万8,000台。 前年度比29%増と伸びてはいたが、一家に一台という段階ではない。 オンラインにいる人は、そのほとんどがパソコン通信の会員だった。 つなぐには通信ソフトを設定し、モデムをつなぎ、電話番号を登録するという手順が必要で、 この一連の作業を越えられる人だけがネットワークの内側にいた。 日本語版OSも複数のアーキテクチャに分かれており、 NECのPC-9800シリーズ向けとPC/AT互換機向けの二種類が別々に開発されている。
これより後
発売日は米国の8月24日から90日後、祝日にあたる11月23日の木曜日にあてられた。 祝日なら深夜販売に並ぶ側の負担が軽く、当日の昼に販促イベントも打てるという判断である。 ここでよく誤解されるのが、あの深夜発売の主体である。 深夜に売りたいと言い出したのは店舗側で、マイクロソフトはそれを支援する立場だった。 同社自身が主催したのは、発売日の昼間から秋葉原で開いたイベントのほうである。 「メーカーが仕掛けたお祭り」という記憶のされ方は、実際の経緯と少しずれている。 日本のネット史にとって重要なのは、この日以降に起きた連動である。 パソコンが家庭に入る速度と、オンライン人口が増える速度が一致し始めた。 PC-VANは1994年に会員100万人に達し、1995年のWindows 95発売で利用者層が一気に広がったと 運営側自身が振り返っている。NIFTY-Serveは1995年4月に100万人、 1996年9月には200万人。運営はこの急増の背景として、 パソコンの低価格化による家庭への浸透と、インターネットへの関心の高まりを挙げた。 つまりこの日に増えたのは、インターネットの利用者ではなくパソコンの所有者である。 そしてその所有者が数年かけて、パソコン通信からインターネットへ移っていく。 1995年11月23日は、インターネットが普及した日ではなく、 普及するための母数が用意された日だった。