ガラケーWebという、もうひとつのインターネット

1999 — 2012

2000年代の日本には、インターネットが事実上二つあった。パソコンから見るWebと、 携帯電話から見るWebである。URLも中身も作り方も違い、利用者層も重なっていなかった。 そして片方は、ほとんど記録を残さずに消えた。

インターネットが二つあった

2005年末、日本でインターネットを使っていた8,529万人のうち、 携帯電話だけで使っていた人は1,921万人(22.5%)だった。パソコンだけの人は1,585万人(18.6%)。 つまり携帯からしかインターネットを見ない人のほうが、パソコンからしか見ない人より多かった。 これは統計上の細かい内訳の話ではない。当時のサイトを作る側は、 パソコン向けと携帯向けを別々に作っていた。URLが違い、HTMLが違い、 画像の形式が違い、載せる情報の量が違う。同じサービスでも、 パソコンから見た姿と携帯から見た姿はまったく別のものだった。 現在「昔のインターネット」として語られるものの多くは、このうちパソコン側の話である。 もう片方の、2,000万人近くが日常的に使っていたほうのインターネットは、 ほとんど語られないまま消えた。 さらに言えば、その携帯側もひとつではなかった。 ドコモのiモードとauのEZwebは中身を記述する規格が別系統で、 同じ内容を見せるのにサイトを二重に作る必要があった。 パソコン向けを含めれば三通り。当時の制作現場が抱えていた負担は、 いまの「PCとスマホの両対応」とは比較にならない。

全角十数文字が数行、という制約

iモードが採用したコンパクトHTMLは、通常のHTMLから装飾のほとんどを削ったものだった。 表示できるのは全角十数文字が数行。色数も限られ、初期は白黒だった。 この条件下では、パソコン向けの作法が何ひとつ通用しない。 3カラムのレイアウトは組めない。細かいリンクを敷き詰めることもできない。 画像で説明することもできない。残るのは、短い文とリンクを縦に並べることだけである。 そこで採られたのが、項目の頭に数字を振るという方法だった。 カーソルキーで一つずつ降りるより、数字キーを1回押すほうが速い。 片手で、歩きながら、数秒で目的に着く。この操作を前提に画面が設計されていた。 パソコンのWebが「広く見渡して選ぶ」ものだったのに対し、 携帯のWebは「決まった場所へ最短で行く」ものだった。 同じインターネットという言葉で呼ばれていたが、体験としては別物である。

公式サイトと勝手サイト

iモードのメニューに載るサイトは、ドコモの審査を通った「公式サイト」だった。 公式になると、月額数百円のコンテンツ料を通信料と一緒に回収できる。 利用者はクレジットカードを登録する必要がなく、携帯料金にまとめて請求されるだけで済む。 これがiモード最大の発明である。 技術ではなく、決済の設計だった。 当時のパソコン向けWebは、無料で公開して広告を貼るか、 クレジットカード決済の壁を越えてもらうかの二択しかなく、 小さなサイトが収益を上げるのは現実的でなかった。 携帯では、月300円を1万人から集めるという商売が成立した。 着メロ、占い、待受画像、ゲーム、小説といった、 パソコン向けWebには育たなかった種類のコンテンツ産業が日本に生まれたのは、この仕組みによる。 一方、審査を通らない、あるいは通そうとしないサイトは「勝手サイト」と呼ばれた。 メニューには載らないので、URLを直接入力するか、雑誌やクチコミで知るしかない。 そこには個人が作った掲示板、小説、ゲームの攻略情報が広がっていた。 パソコンのWebでは同じ空間にあったものが、携帯では制度的に二層に分かれていた。

なぜ消えたのか

スマートフォンが登場した時点で、ガラケーWebが解いていた問題のほとんどが消えた。 画面が広くなり、コンパクトHTMLで簡略化する必要がなくなった。 パソコン向けのページがそのまま読める以上、携帯専用のページを別に作る理由がない。 公式メニューという審査済みの入口も要らなくなった。 アプリストアと検索がその役割を引き取り、しかも通信事業者の外側に置かれた。 そして決済も、キャリア課金からアプリストアの決済へ移った。 ここで注意したいのは、消えたのが「携帯でネットを見る習慣」ではないことである。 その習慣はむしろ残り、規模はさらに大きくなった。 消えたのは、その習慣をキャリアが囲っていたという形のほうである。 iモードも EZweb も、端末を売る会社がコンテンツの並び順と課金を決めていた。 その役割がアプリストアと検索へ移ったとき、 日本の携帯Webという独立した生態系は、支える骨格を失った。

記録が、ほとんど残っていない

この領域を扱う最大の理由がここにある。 ガラケーWebのページは、携帯電話からしかアクセスできないものが多かった。 端末の識別情報を見て、通常のブラウザからのアクセスを弾く作りが一般的だったためである。 その結果、Webアーカイブのクローラが到達できなかった。 パソコン向けのページが1996年から継続的に採取されているのに対し、 当時2,000万人近くが日常的に見ていた画面は、ほとんど保存されていない。 サービスが終われば消える、という以上の問題がある。 終わる前から、記録される仕組みの外側にあった。 現存するのは、当時の雑誌記事、企業のプレスリリース、そして利用者の記憶だけである。 当サイトが当時の画面を模式図として再現しているのは、権利上の理由が第一だが、 この領域に関しては再現する以外に見せる方法が無いという理由も加わる。

画面で見る

実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。 年代順に並べています。

iMenu(iモード公式メニュー)120px
iMenu
1 メニューリスト
2 料金照会
3 メール設定
4 お知らせ
ニュース/天気
着信メロディ
乗換案内
2000年の画面構造項目の頭に番号が振ってあるのは、カーソルで降りていくより数字キーを1回押すほうが速いからである。 片手で、歩きながら、数秒で目的に着く必要があった。 検索窓が無いのは技術的な制約ではなく、審査を通った公式サイトを階層で並べるという設計思想の結果で、 自由に広がるパソコンのWebとは前提そのものが違っていた。全角十数文字が数行という表示領域。横スクロールという概念自体が無い※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
EZweb トップメニュー120px
EZweb
1 カテゴリ検索
2 EZ公式サイト
3 メール
着信メロディ
ニュース/天気
乗換案内
2001年の画面構造iモードの公式メニューと見た目はほとんど変わらない。番号を押して階層を降りる操作も同じ。 違いは利用者からは見えないところにあり、中身を記述する規格が別系統だったため、 サイトを作る側は同じ内容を二度用意する必要があった。 日本の携帯Webが開始直後から分裂していたことを示す画面である。iモードとほぼ同じ表示領域。違いは中身を記述する規格のほうにあった※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
mbga.jp(携帯電話の画面)240px
サイト名とログイン中のハンドル
アバター(自分の分身)
ミニメール(3)/日記/サークル/伝言板
ゲーム一覧(無料)
モバゴールドの残高
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2006年の画面構造横幅が240ピクセル前後しかないため、段組みという発想が最初から無い。 すべてを縦一列に積み、数字キーで項目を選ばせる構成になる。 上部にアバターが置かれているのは飾りではなく、 文字数を割けない画面で自分が誰かを一目で示す手段がそれしか無かったからである。 パソコン向けのSNSがプロフィール文で自己紹介していたのに対し、 携帯では絵で名乗るほうが早かった。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。携帯電話の縦長画面。全角で十数文字が数行しか入らず、縦に積むしか選択肢がない※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。
LINE(スマートフォンのトーク画面)320px
< 友だちリスト|相手の名前
相手の発言(左寄せの吹き出し)
自分の発言(右寄せの吹き出し・既読表示)
送信した画像
相手の発言
メッセージ入力欄
送信
スタンプ/画像/位置情報
2011年の画面構造発言が左右に振り分けられた吹き出しで積まれる形式は、掲示板ともチャットルームとも違う。 掲示板は誰の発言かを名前で示し、チャットルームは行頭にハンドルを置いた。 ここでは位置と色だけで話者を区別するため、名前を書く必要がない。 相手が特定されている会話にしか使えない代わりに、1行あたりの文字数を最大限に使える。 画面の狭さと、相手が既知であることの両方が、この形を決めている。 これは実際の画面の複製ではなく、構成を説明するための模式図である。指で押す前提の画面。1画面に収める代わりに、階層を浅くして戻る回数を減らす※ 実際の画面の複製ではなく、当時の構成を説明するために作成した模式図です。

この特集で扱った項目

出典

  1. 公的資料平成18年版 情報通信白書 「インターネットの利用状況」(総務省)
    平成17年末の利用者8,529万人・普及率66.8%。端末別ではパソコンと携帯電話の双方4,862万人(57.0%)、 携帯電話のみ1,921万人(22.5%)、パソコンのみ1,585万人(18.6%)
    確認日: 2026-08-16
  2. 報道ドコモの3G「FOMA」と「iモード」が本日31日終了 ── 歴史に残るサービスはどう始まったのか(ケータイ Watch) 2026-03-31
    コンパクトHTMLとパケット通信方式の採用、課金システムの内蔵、公式サイトと勝手サイトの区分
    確認日: 2026-08-16
  3. 一次資料「FOMA」および「iモード」サービス終了のご案内(株式会社NTTドコモ)
    2026年3月31日終了。理由は4G・5Gの普及による利用者減少と電波の有効活用
    確認日: 2026-08-16