2001年と2017年のインターネット

16年をあいだに置いて、日本のインターネットがどう変わったかを並べる。 人口普及率は44.0%から80.9%へ。ただし本当に変わったのは人数ではなく、 誰が主役の端末を持ち、何を見るかを誰が決めるかという構造のほうだった。

どちらが優れていたかを決めるページではありません。前提が違うものを並べて、 違いがどこから来ていたのかを見ます。

観点2001年2017年
使っている人人口普及率44.0%(利用者5,593万人)。使っていない人のほうが多数派だった個人の利用率80.9%。13〜59歳の各年代で9割を超え、使っているかを問う意味が薄れた
主役の端末デスクトップPCとノートPC。机の前に座らないとインターネットに触れないスマートフォン59.7%がパソコン52.5%を上回る。持ち歩く画面が主戦場になった
回線ADSLが普及を始めたところ。ISDNとダイヤルアップも現役で、環境によって体験がまったく違った光ファイバーと4G LTE。定額・常時接続が前提で、回線を意識する場面がほぼ無い
画面1024×768の横長。細かいリンクをマウスで正確に押せることが前提で、情報密度が極端に高い縦長のタッチ画面。指で押せる面積が要るため、要素は大きく少なく縦に並ぶ
探し方ディレクトリ検索が中心。人が分類したカテゴリを降りていく。全文検索は補助検索に加えてSNS内検索と動画内検索。さらに推薦フィードで、探さずに受け取る形が主流に
発信するには場所を用意する必要があった。無料スペースを借り、HTMLを書き、FTPで上げるアカウントを作ればその日から書ける。投稿は数十文字から、動画でも数十秒から
何を見るかを決める人利用者本人。ブックマーク、検索窓、リンク。いずれも自分が選んだという手続きを踏む推薦システム。時系列だったフィードが推薦順に置き換わり、決定権が利用者の手を離れた
時間の使い方つないだときにまとめて見る。テレホーダイの名残で、深夜に人が集中する時間帯があった一日中、細切れに見る。1回の滞在は短く回数は多い。特定の時刻に集中しなくなった

編集部の見立て

数字だけを見ると、44.0%から80.9%へという普及の話に見える。 しかし2001年から2017年のあいだに起きた最大の変化は、人数ではない。 2001年のインターネットは、利用者が起点だった。つなぐ、探す、選ぶ、開く。 どの段階にも本人の手続きがあり、面倒だが、何を見ているかは自分で決めていた。 2017年のインターネットでは、その手続きの大半が消えている。 常時つながっていて、探さなくても流れてきて、次に何が来るかはシステムが決める。 便利になった分だけ、決定権が移った。この交換が良かったかどうかは 当サイトが判断することではないが、交換が起きたこと自体は、 この2つの年を並べるとはっきり見える。 もうひとつ見えるのは、2001年に「制約」として語られていたものの多くが、 実は表現の形を決めていたということである。 重いページが作れないという制約が、情報を詰め込む密度の高いレイアウトを生んだ。 制約が消えたとき、その様式もいっしょに消えた。

※ この節は事実の記述ではなく、当サイトによる解釈です。

出典

  1. 公的資料平成14年版 情報通信白書 「1 我が国におけるインターネットの着実な普及」総務省
    平成13年末のインターネット利用者数5,593万人、人口普及率44.0%
    確認日: 2026-08-16
  2. 公的資料平成30年版 情報通信白書 「インターネットの利用状況」総務省
    平成29年の個人のインターネット利用率80.9%、端末別ではスマートフォン59.7%、パソコン52.5%。 13〜59歳の各年代で利用率が9割を超えている
    確認日: 2026-08-16
  3. 報道NTT、「テレホーダイ」の提供を2024年で終了 90年代のインターネットを支えた長寿サービスITmedia NEWS 2022-01-21
    深夜に利用が集中していた時期の料金制度
    確認日: 2026-08-16